自身の「職業差別」発言騒動で辞意に追い込まれた静岡県の川勝平太知事。しかしこともあろうに一部リベラルに川勝知事を庇う風潮があることがSNSを見ていると気づく。当たり前だが差別は良くないと、弱者の側に常に立ったのがリベラルだ。しかし彼らの思考の中では「国策のリニアモーターカー建設に逆らったために小さなことをつつかれて失脚した川勝知事」という図式があるようだ。川勝知事は立憲民主党系の知事だ。
リニア建設を巡っては故・安倍晋三元首相と関係の親しいJR東海の故・葛西敬之名誉会長が積極的に推進していたが、途中駅のない静岡には利益はないので川勝知事はそれと真っ向対立していた。左派の間では「葛西帝国」と呼ばれるJR東海に昔から強い不信感がある。ようは組合憎しで国鉄を潰し、儲かり路線の東海道新幹線を自社の管轄としてぶんどってボロ稼ぎをし、国策に乗じてもっと儲けようとする悪しき右翼経営者という認識だ。川勝知事は右翼政治家と右翼経営者の結託する図式に対立するヒーローというわけだ。
だが実際にはそういう単純な構図でもない。というのも川勝知事の過去の発言や主張をみれば、むしろその辺のただの自民党の保守政治家(右翼思想に執着しない利権議員)よりもよほど右に寄っている人物だ。
ちなみに川勝知事が勝手に「後継指名」した県内選出の立憲民主党・渡辺周代議士も、慰安婦問題と南京事件の真実を検証する会の会長で、改憲派、外国人参政権には反対、朝鮮学校の補助金を否定するなど、安倍晋三的なイデオロギーの持ち主だ。
川勝知事は失言を繰り返しながらも圧勝し続けたし、渡辺代議士も選挙に強い。立民系知事が立民の国会議員に後釜を打診することは、党派のみとらえれば「対自民」で野党が政権交代のために勢いづく大チャンスと言えるので、一部リベラルはこのような風潮になるわけである。
これは完全な党派主義だ。自民党政府を叩き政権交代することありきにとらわれ、自分たちの党派にとって不都合なことには目をつむる、左翼の悪い癖が出ているのである。
このリベラルの悪癖は仙台高裁の岡口基一判事をめぐる罷免騒動でも垣間見えた。岡口氏はX(旧ツイッター)上で殺人事件の遺族を中傷したなどとして弾劾裁判になっていた。ネット上の誹謗中傷もよくないと言っているのはリベラルの側だ。しかしなぜか、このニュースをめぐっては「不当だ」と岡口氏を擁護する書き込みが左には目立つ。
岡口氏はもともと私的なアカウント上でブリーフ一丁姿の写真を上げたり、法曹人らしからぬ自由奔放な投稿をすることが話題になっていた。そうした投稿の中には自民党政権批判も目立っていて、野党共闘を訴える左派は「自陣営」だとみなし続けてきた。もちろん判事だろうと総理大臣だろうと犯罪行為でなければ表現の自由はある。だが、遺族をめぐる発言とその後の顛末は私が見る限りは一線を越えていたとしか思えないものだ。
これが一部リベラルの脳内では「与党に疎ましく思われた人物が潰された」という構図の身が独り歩きしてしまうのである。おかしくないか。左派は今まで、川崎の在日コリアン女性に対する執拗な書き込みなど、ネトウヨによるネットの誹謗中傷の問題を訴え続けていたのに、自陣営に都合のいい中傷はセーフというのは全く理解しがたい発想だ。
自民党批判ありきで、野党のためならなんでもOKという党派主義ありきでいる「和製リベラル」はネトウヨとは別ベクトルで問題だ。ハッキリ言えば健全な民主主義を阻害する迷惑要因でしかない。このような党派主義リベラルが影響を及ぼす限り野党共闘はうまくいくことはないし、かりに立憲民主党政権になっても民主党政権の二の舞になることは確実だろう。
右が勝った理由は「党派主義の不在」
いまこそリベラルは考えてほしい。2012年までの日本の保守派はどん底だった。民主党政権で権力を失っていたからだ。そこから「日本を取り戻す」政権奪還を実現させ、右派全盛期、安倍一強時代を10年近く続けられたのはなぜだろうか。それは保守が党よりイデオロギーでまとまるようになったからに他ならないのだ。
ネトウヨたちは自民党支持ではない。私は20年くらい観察してきたが、あくまでも歴史や領土問題など右派的トピックにおいて強硬な主張をする人物を推すというのが彼らの思考パターンであって、個人的な政策や信条が「反日」ならば自民党の大物政治家であっても容赦なくコキおろしている。昔、ネトウヨが売国政治家と呼んだのは、河野談話の河野洋平元総裁や野中広務・古賀誠元幹事長といった大物長老だらけだった。既存の保守派は村社会だったので、自分の党の人間で偉いお爺さんであればあるほど無条件に肯定・礼賛したものだが、そうではなかったのだ。第二次安倍政権までに多くが政界引退したり他界したのでネトウヨの自民党大物叩きはだいぶ減ったが、その最後っ屁が「親中政治家」の二階俊博元幹事長バッシングとして残っている。
一方で、ネトウヨが「神に近い政治家」として評価していたのが当時民主党に属していた西村慎吾氏だった。党としては民主党に敵対したが、その党内にいる一部の強硬派はぞんぶんに評価していた。名古屋市長に転身した河村たかし氏や、のちに立憲民主党に移って離党した松原仁氏らも「右から支持される民主党政治家だった。
こうした柔軟性を持った右派のリーダーが安倍晋三元首相だった。安倍氏はイデオロギーの近い人間であれば厚遇した。これまでの自民党は派閥の論理や当選回数で政務三役の椅子が決まったが、無派閥の高市早苗氏のように若手女性政治家であっても思想が右派であれば大臣になれた。右派であれば落選危機にあった野党議員も自民党に引き入れた。次世代の党出身の杉田水脈参議なんかその代表格だし、政敵の民主党だった政治家でも長島昭久元防衛大臣や尖閣諸島上陸で話題になった長尾敬氏も安倍政権で自民に移っている。
田中角栄元首相に象徴されるように、これまでは自民党、保守派こそ村社会の集まりだったが、ネトウヨ以降はイデオロギーをもとに集まる柔軟な集団に転換を遂げつつあるということだ。右が勝って左が負ける理由はここにも見て取れるのだ。
理念より党派で10年負け続けの野党
民主党の下野以降、野党共闘がなぜまとまらないのか。それは党派主義があるせいだ。保守派は既存の自民党政権にもなかった「強烈な右派思想」を鮮明にすることで、安倍時代を築いた。であれば左は「左派思想」でまとまらなければいけない。たとえばアメリカで大統領候補になったバーニー・サンダースやイギリスの影の首相ジェレミー・コービン元労働党首みたいなリーダーがいて、既存の生ぬるい野党代表には言えなかったような強烈な左派的メッセージを発信し、リベラルを糾合し政治不信の無党派にも刺激を与えて振り向かせるのが理想だろう。
だが旧民主党が左の立憲民主党と、民主党内右派の既成先となる国民民主党に分かったまではいいが、その後は民主党支持層の中に国民民主党を統合させた「民主党復活」を策動する風潮があり、これがネックとなっていた。彼らは反共である。枝野幸男党首時代は立憲と共産党が歩み寄ろうとするたびに妨害して、共産を離して国民民主党や維新をくっつけようとしたのだ。彼らの論理では共産党では選挙に勝てないが、国民民主党は連合の支持がついいていて勝てるということだ。
こんな人が左がいる限り、絶対に負けるのである。まっとうな理念を持ち正論を言うリベラル政治家より、個人的主張は右翼でも労組の組織票を持ったり地盤がある大物野党議員がいいというようなご都合主義でいる限り、左の理想とする政治は一生実現しない。政権交代しても、電力族議員の言いなりで脱原発にも踏み切れないただの「劣化自民党政権」ができあがれば、国民生活はますます悪くなるだろうし、本物の自民党でいいではないかとまた短命で終わって政権を奪われるだけである。
理念に反する政治家なら自陣営内の大物でも叩き続ける右派を見習うべきだ。大派閥を率いた二階俊博氏はついに不出馬に追い込まれた。同じことを「リッケンカルト」と呼ばれる人たちもやってみるべきだ。