西日本人は鉄道に乗らない

 

(Wikipedia)

 西日本で最も大都市である大阪。しかし大阪駅の1日の利用者数は69万人だという。これは意外と少ない。東京の主要ターミナルは愚か横浜駅(190万人)より少なく、ターミナルではない高田馬場駅(74万人)以下である。中枢の大阪駅ですらその規模なら、関西圏全体の鉄道利用者の少なさは明らかである。


 この人口差は車両からも見て取れる。国鉄時代には「西の山手線」の大阪環状線は当時の山手線と同じ4扉通勤型電車が走っていた。老朽化により2019年までにすべてが新車に置き換えられたのだが、新しい大阪環状線の車両は3扉に減らされている。関東では通勤路線に3扉はあり得ないが、大阪ではこれで成り立つのである。

 また、東海道線も関東ではもとは3扉でボックス席とドア付近に4人掛けのクロスシートをつけた車両だったものを、新型ではロングシート中心の4扉車両に切り替え通勤電車と違いがほぼなくなっている。関西地区の東海道線も国鉄時代は全く同じ車両だったが、新車では3扉設計のままドア付近までクロスシートで埋め尽くすつくりになった。設計思想が真逆なのである。

 関東では新しい車両ほどとにかく積み込めるようにつくっているが、関西ではそれほど過密のラッシュがないため座ることを前提に居住性を重視しているということだ。


 これには人口の差ももちろんある。東京周辺はもともと人口が多く、一極集中で偏りが増え続けていることに対し、大阪は戦後昭和以降は長期低迷で人口は300万都市から200万都市へとむしろ減り続けている。関西圏全体にしたって関東ほどの伸びではない。しかしそれ以上に、電車を中心とした移動スタイルが西にはそれほどないという事実もある。

 前にTwitter(旧X)で話題になった関東と関西の通勤手段の違いがわかりやすい。首都圏は広範囲が真っ赤な電車社会なのに対し、関西はその赤い範囲が狭い。そして関東は都心に近いほど電車利用率が高く、人口の希薄な田舎はクルマ社会であるが、関西は京都市内や大阪でさえ自転車が主体な場所が目立つ。

 これは街中が坂だらけである東京や横浜などと比べ、大阪や京都の街は平地に展開されているので自転車移動がしやすいという理由もある。また関西は周辺に険しい山が迫っていることから、より街のスケールがコンパクトになり、自力で自転車をこいだ移動範囲で生活が成り立つわけである。

 ちなみに関東では、つくばエクスプレスの開業に伴う沿線開発により、田舎で典型的クルマ社会だった茨城県南も電車通勤に切り替わりつつある。ライバルの常磐線もつくばエクスプレスと同じ130km運転の車両を導入したり、品川まで直通するなどサービス向上を図っていて、クルマ社会環境の電車社会への切り替えの動きもあるが、関西にはそのような鉄道新線の話題は一切ない。


 JR西日本では赤字ローカル線の存廃議論が加速しだしたという。JRは都会の通勤電車の儲けで地方の赤字路線を補填する「内部補助」による経営モデルをとっていたが、コロナでそれが難しくなったわけだ。もちろんコロナ渦のあおりを受けたのは東日本だって同じだったが、関西地区の通勤収入がそれほど多くない西日本では顕著に影響が出たということである。

地方大都市の鉄道環境不在

(Wikipedia)

 これは「地方大都市」でも同様だ。東北地方の100万都市である仙台駅は8万人の利用があるが、中四国地方の広島駅は6万人と少なめだ。市の人口としては広島の方が多いのに、鉄道利用は乏しい。


 有名な話だが、仙台には地下鉄があるが広島には存在しない。その理由について「広島はデルタ地帯で地盤が緩いため地下トンネルの掘削が難しい」という指摘が多く聞かれるが、実際には東京の下町のような軟弱地盤にも地下鉄路線は存在するため技術的な課題は存在せず、単に採算が取れないから作られなかったというのが正解だ。

 「杜の都」の立派な街が栄えている仙台駅周辺に対し、広島駅前は最近になって再開発でスタジアム・放送局・企業の本社の移転が相次ぐまで本当に何もなかったという。仙台では空港アクセス線や地下鉄の東西線などの新線建設が今世紀に相次いでいるが、広島では逆に市内を走る可部線の末端区間が赤字ローカル線を理由に廃止になった。さすがに削りすぎだと後になって一部だけを復活させたというが、いずれにせよ地元の人の主な移動手段はクルマありきだろう。


 クルマ社会という地方だが、そうはいっても東日本では高速交通が支持されている。新幹線である。東北には東北新幹線のほか、在来線直通「ミニ新幹線」の秋田新幹線・山形新幹線があり全県に新幹線網がある。ところが中四国は山陽新幹線があるのみ。山陰や四国地区に到達する新幹線を求める声はあるものの、具体的な計画の進捗は見られない。誰も乗らないことが明白だからだ。

 国鉄時代は広島から芸備線経由で山陰に至る急行があったと言うが、高速バスとの競合に負けて全廃になり、芸備線は全国屈指の赤字路線で廃止寸前のような状態だ。四国との間は瀬戸内海を挟み、鉄道があるのは岡山からの瀬戸大橋線だけ。広島から上陸するにはしまなみ海道の高速バス移動が早いし、単純に四国と本土の往来ならば明石海峡大橋経由で阪神圏に抜けるルートが優勢なので、瀬戸大橋線の存在価値すら薄い。沿岸地域同士で海を渡るだけの移動ならフェリーに乗る人もいるし、もちろん対東京なら飛行機利用の一択である。


 かくして都市間移動でも高速バス・フェリー・飛行機といった鉄道以外の交通モードばかりがあらゆる移動スケールで優位になり、県内の別の都市に行こうが、地方内の別の地区に行こうが、はたまた東京に出ようが、鉄道は中途半端な手段として軽視されるようになる。


 九州の中心・福岡市はバス天国である。路線バスがとにかくやたら盛んで、福岡の西鉄バスは車両保有台数日本一で、2位で私の地元を走る神奈中より800代も多いという。これも地形が理由という。

 西日本における九州・福岡のポジションの地方大都市は東日本で言えば北海道の札幌だが福岡市営地下鉄の利用者は札幌市営地下鉄に比べると少ない。近年新線建設や延伸などがあるものの、路線網は札幌に比べると乏しく、バス天国という印象が目立つ。札幌は積雪寒冷地のために冬季も安定運行ができる地下鉄がより支持されやすい事情もあるがいずれにしたって西日本は全般的に鉄道に不向きなのだ。 

 そしてスーツ君の動画を見ての通り高速バスも盛んだ。運行便数が最も多い高速路線も西鉄の福岡~小倉線で経路の被る山陽新幹線と比べ運賃が安いことで支持されている。福岡~熊本間がも011年の九州新幹線開業後も増加傾向であるという。特急電車時代と比べ料金値上げや減便があったためだ。

 では九州で特急列車に誰が乗っているかというと、韓国人旅行者たちであるという。福岡の対岸は釜山。韓国と近い地の利を生かし、インバウンドに活路を見出しているわけである。かつては乗客のメインだったであろう九州人たちは、高速道路網の整備によりとっくに高速バスに転移にしているのだ。九州では新幹線の車内放送に韓国語や中国語も導入されているというが、利用実態を考えれば当然のことといえる。

鉄道が当たり前という価値観を捨てよ

 神奈川県民の私を含め、首都圏に住むわれわれは通勤電車が欠かせず、長距離移動は新幹線と、鉄道があって当たり前と思いがちだ。首都圏民ではなくても鉄道マニア辺りはそう考えている節がある。人によっては「田舎クルマ社会」ということもわかっているし「地方でも都会に行けば電車が中心だろう」ということまでは想像がつく。


 しかしそれは全部東日本の常識にすぎないということだ。鉄道抜きでも生活が成り立つ西日本の現実を把握しなければ、誤解が広がってしまうのだ。


 

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