北陸新幹線を「米原ルート」で全線開通できなかったのは関西人の東日本コンプレックスのせい
いよいよ東京から敦賀までつながった北陸新幹線。しかし、ここにきてX(旧Twitter)のトレンド欄に「米原ルート」というワードが浮上している。これまで同路新幹線は1998年の長野開業、2015年の金沢開業と延長工事を続けてきたが、今後は敦賀止まりという中途半端な状態が少なくとも数十年以上続くことになる。中にはこれ以上伸びることは永久にないという辛辣な指摘もある。
なぜか。それはもともと米原経由で作る話が有力だったのに、第二次安倍政権化で敦賀から先は「小浜・京都ルート」で新大阪まで作るという最終案がごり押しされてしまったからだ。これは敦賀から南下するのではなく若狭湾にそって小浜まで西進し、その先は京都府内の山岳地帯のど真ん中をトンネルで南下し、さらに京都市の中心街を地下トンネルでもぐったまま新大阪に至るというものだ。
常識的に考えればこんなことはありえない。そもそも新幹線は既存の在来線(東海道新幹線なら東海道線)に沿って作られている。在来線だと遠回りすぎる区間には短絡ルートでつくったり、逆に険しい山脈がある場所は迂回するために線形が悪くすることはあるが、それらは高速化のために仕方ないことだ。しかし小浜・京都ルートはそのすべてが北陸本線から完全にずれたコースをとっており、わざわざ小浜まで遠回りをし、さらにひたすら山を突き進んでトンネルを貫くというのであるから意味が分からない。トンネル建設の費用や工期がすさまじくかかるだろうし、そもそも技術的に造ること自体難しいかもしれない。
さらに京都の地下トンネルも無理がある。そもそも既存の新幹線の地下走行区間は上野駅ただ1つしかないが、これもちろん費用が高くつくためである。京都の街のすべてを地下で通すとなると相当のお金が必要になることは明らかだし、おまけに古都であるため遺跡がいくらでも出土し、その都度工事が止まったり、最悪コース変更を余儀なくされるので、どのみちすさまじくカネがかかって時間がかかることは明白だ。
北陸新幹線は米原ルート推しです。 pic.twitter.com/n6NcPoDzsN
— Starry sky🍫 (@Starry2021) March 16, 2024
一方、従来有力だった米原ルートは、敦賀の先も北陸本線沿いをそのまま並行し、米原駅で東海道新幹線と接続するというシンプルなものだ。距離はわずか約50kmと小浜・京都ルートの3分の1と短く、滋賀県境の峠越えを除けばあとはひたすら田んぼ地帯を走るので用地買収も技術的問題もない。なので小浜・京都ルートでは4兆円を超えると言われているが、米原ルートだと建設費は5900億円で済む。
SNSの反応を見ていると、小浜・京都ルート案支持者は「政府の最終決定なのだから覆りようがないし、政府の決めたことは正しいはずだ」という根拠のない自信に満ち溢れた思考停止ありきで論理展開をする残念な人たちが目立つ。しかし日本の歴史を考えれば、先の大戦で戦艦大和を作って敗北したように政府が無謀で非常識な国策を推進して自爆した例はいくらでもある。これが現実だ。
しかし政治は勝手に暴走するものではない。ヒトラーだって選挙で選ばれたように、どんな悪政でもそれを支持する一定の民意が後ろにはあるのだ。私はそれは関西人の東京コンプレックスではないかと考える。
「北陸が東日本のものになる」ことに警戒感
一方で、福井出身者から以前聞いた話によると「大阪で福井弁を話していると「似非関西弁」だと思われる」そうだ。関西の影響を強く受けている一方で、北陸は西日本ではないというのも事実だ。何しろ地域区分では関西地方ではなく中部地方に属し、その中の日本海側を北陸と呼ぶ。単なる地理的な名称として北陸は、東北地方の南部を「南東北」というようなものにすぎないのだ。筆者は神奈川県民で親が福島県出身だが、いくら福島が関東に隣接しているからと言って福島を関東地方の配下だと思う人はどちらの側にもいないのである。
関西人にとっては北陸を東に奪われたくはないが、純然な関西の一部ではないという認識もあるのである。いわばテリトリー意識だ。関西人の「関東嫌い」は有名だが、名古屋も彼らの中ではバッシングの対象となる。関西人にとってのそれは関東地方をさしているのではなく「関ヶ原」より東はすべてが異質な存在なのである。名古屋は中部地方ではあるが、関東地方、中部、そして東北や北海道も含めた東日本全てに対する心理的な溝があり、新幹線問題は、その東日本コンプレックス、ルサンチマンを助長するものなのだ。
たとえが適切ではないかもしれないが、これはウクライナ問題にも似ている。ウクライナは東欧国家の1つであり、欧州を後ろ盾にしながらロシアと戦争をしているが、一方でロシアの発祥である「キエフ公国」があったのもウクライナの首都キーウである。ロシアからすればウクライナは義兄弟のような存在だから、ソ連崩壊後のEUやNATOといったヨーロッパの覇権がじわじわ東に広がってウクライナに及ぶことに危機感を覚えるわけでもあるし、本当に血のつながった一体的な「同胞」とはみなしていないので容赦なく攻め込んで殺すこともできるのである。ロシアを関西に、ヨーロッパを東京にとらえれば、ウクライナは北陸の立ち位置ということだ。
東日本コンプレックスを起点に考えれば筋が通る
荒唐無稽の極みの小浜・京都ルートだが、関西の東日本コンプレックス意識をベースに考えればとても筋の通るルート策定だ。
もし仮に米原ルートをとった場合、その先は一直線に名古屋に向かう線形となる。名古屋方面に新幹線を直通させるのには都合がいいが、新大阪に直通するには少々遠回りのうえ米原駅でスイッチバックが必要になり不便が強いられる。しかも東海道新幹線は全線JR東海なので、JR西日本の稼ぎにはならないことも「西の鉄路が東に奪われる」感情を際立たせてしまう。
実際問題、米原ルートを推している声の多くは中京方面から聞かれる。北陸が中部地方の1地域である以上、その中心の名古屋との流動も一定はあり、既存の特急「しらさぎ」に代わる高速移動手段があればそれは歓迎される。そのまま新幹線を東京に伸ばし、東京駅で北陸新幹線に再度つなげれば「環状新幹線」化も可能であるが、そこまで視野を広げればますます東に奪われる側の関西人は反発するだろう。
一方で、オバマ・京都ルートにより無理やり経由地にされた小浜は、古来ヤマト王権時代から日本海側入り口として盛え、北陸でも最も「西の色」が強い場所で、かつ原発があって関西のエネルギー供給源として現代でも重要な地位がある。そこから京都までは「鯖街道」とも経路が重なり、歴史的な地理の連続性を踏まえれば関西人にとってとてもしっくりくるコースなのだ。
そして関西人には東京中心主義への強い反発意識があるが、日本の新幹線網はこれまで常に「対東京」優先で整備された節があるのは事実だ。東北・上越・山形・秋田・北海道新幹線と東日本には東京中心に路線網がたくさん伸びていて、東京につながらない九州方面の新幹線整備は後回し、四国や山陰は「東京につながるメリットが薄い」ために新幹線が作られる気配さえないというありさまだ。
しかし遅れること2010年に開業した九州新幹線が新大阪まで乗り入れるなど、対東京ありきだった新幹線網に変化の兆候がある。その上、新大阪に北陸新幹線の延伸ができれば新大阪が東京に対を成すターミナルになれる可能性もあるわけで、彼らは関西だけが最大限得をする小浜・京都ルートに期待を寄せたくもなるのである。
「米原暫定開業」で見直しするのが現実的
その上で、私はこの敦賀延伸問題の最適な解決手段は「米原暫定開業」しかないと考える。小浜・京都ルートは絶対に不可能であるから、大阪方面に延長するにはルートの再変更が求められる。それを考え直す時間がかかって着工は何十年も先延ばしになり、開業する前に寿命が来て死ぬ人が増え続ける。これはよくない。
そこで、ひとまずは米原方面に線路を敷いて高速化を図るべきである。東海道新幹線との直通対応が難しいなら米原で打ち止めて乗り換えで良い。同じ新幹線ホーム上での乗り換えになるから敦賀駅の「上下移動」よりはずっと楽だろう。また、10年かかる全線フル規格工事が難しいなら、北陸本線を改軌させて秋田・山形新幹線のような在来線直通のミニ新幹線として作ればいい。そうすれば引き続きJR運営のままで済むので第三セクター切り離し問題もなくなる。
何しろ田中角栄の時代につくられた整備新幹線の計画網では、北陸新幹線とは別に「北陸・中京新幹線」というものがあった。その経路は米原ルートと類似するもので、要はこれを整備するという建付けにすれば、それぞれの新線を別個につくることはけっしておかしいことではないのである。
(Wiki)
いずれにせよ敦賀乗り換えの現状よりは良くなる。それでも米原経由の関西との往来がやっぱり不便だと言うのなら、後から新線をまた作ればいいし、米原経由で十分だと感じれば、暫定開業ではなく最終開業にしてしまえばいいのである。