ファシズムですらない日本

 

 「高齢者は集団自決」発言で大炎上した経済学者の成田悠輔氏が国会でやり玉に挙がっている。れいわ新選組・山本太郎代表が成田氏の発言を「極めて不適切」とした岸田首相の答弁を引き出したほか、立憲民主党の所属議員も鈴木財務大臣に徹底追及。成田氏は財務省の広報誌に起用されており人選の在り方が問われていた。


 しかしこの一件で、岸田・鈴木両氏があっさりとつけ放したことに驚いた野党支持者は多かったのではないだろうか。いま、リベラル層の間では陰謀論的に「弱者叩きや非常識な発言をする論客が意図的にマスコミに持ち上げられ、政府がそれを操っているのではないか」という疑念が広がっている。西村博之氏などもそのたぐいだ。ようは生活保護の切り捨てなど、そのままいきなり断行すれば多くの反発を招きかねない弱者圧殺の政策をやりやすくするために、マスメディアにその手の発言をする人をあえて重用させることでジワジワと大衆世論の誘導を図っているということだ。もしそれが事実なら、自民党政治家お得意の詭弁をひたすら用いて成田氏を庇ったはずだ。


 ところが実際にはそういうことはなかったのである。成田氏がこうもあっさり切られたということは、省庁の広報担当者も企みがあったわけではなく、たまたまテレビや書店の新刊コーナーでよく見かける論客である成田氏を深く考えずに起用しただけなのではないか。そしてテレビや出版界も、陰謀論者が言うような「官房機密費で情報工作をやっている」なんてことはなく、たまたまほかに売り出せるような論客がいないので、成田氏を用いている可能性は高い。斜陽産業であるマスコミにとって、安く稼げることが一番いい。世界的高名な学者なんかはワイドショーに出そうにもギャラは高くつくし、そもそも本業の研究が忙しくて出てくれないだろう。


 2012年の第二次安倍政権以来、「野党共闘」を呼びかけるリベラル層の間では日本はもうファシズム状態になったのだという現状認識が一般化していた。自民党はナチ党や中国共産党のようにトップの安倍が絶対権力を持ち全体が安倍一色に染まり、マスメディアは経営幹部が安倍氏と会食を繰り返すことで安倍礼賛だけになり、このままの勢いで憲法改正になって日本は戦前回帰する・・・というものである。だから国会前に大規模なデモが集まって、立憲民主党と共産党をくっつけてでも政権交代をしようと本気で盛り上がった。


 確かに最近の日本がおかしいと思うことはいくらでもある。しかし私は実はファシズムですらないお粗末な状態なのではないかと考えるようになっている。そしてそれは最近の政治騒動を見ていればわかる。

あっけなくぶっ壊れた安倍派一強構造

 第二次安倍政権の時によく言われていたのが安倍派一択になったことを危惧する声だった。根っから自民党アンチだった人だけでなく、「昔の自民党は非主流派・反主流派の派閥がたくさんあって党内抗争で疑似政権交代があった。あの頃に戻すべきだ」というような物言いが旧来保守層からも聞こえ、非左翼層の野党支持の原動力になっていた。


 だがその後はどうだろう。対抗する宏池会系の岸田文雄首相が就任したことで権力から安倍派の影響は遠のいた。それでも岸田は裏で安倍の影響を受けている傀儡だと左から叩かれ続けたが、安倍氏が暗殺されたことで再登板は不可能になり、そして裏金問題で安倍派そのものが岸田派もろとも解散となった。


 左は性悪説なので「それでもまだまだ処分が生ぬるい!」と自民党を疑い続けている。しかしいったん距離を置いてこの流れを俯瞰すれば、自民党をあれほど牛耳っていた"安倍ファシズム"的なるものが暗殺からわずか2年であっけなくぶっ潰れていて、小泉元首相もぶっ壊せなかった自民党そのものがぶっ壊れつつあるように見えるのである。


 ロシアを見てほしい。たとえソ連邦が崩壊しても、プーチン大統領が独裁者として君臨し続け、専制主義のもとウクライナでめちゃくちゃやっている現状がある。中国だって国家主席が死んでも統制システムは変わらず続く。それが本当のファシズムだ。ならば安倍氏の死後もファシズム的な異様な状態が続いていておかしくないはずだが、最近の日本ではマスメディアがちゃんと自民党政権の醜聞を叩いているし、自民党内で内ゲバも起きはじめている。本当に「形だけの処分」だったなら、みんなグルなんだから党内から岸田首相への不満も出てくるはずがない。


 安倍氏をトップに据えて、何でも安倍中心でマスコミを巻き込んで国を回した10年間は、強固なファシズムとは真逆の、もろくてあっけない壮大な”内輪ノリ”だったのだ。そんなもろくてあっけない内輪ノリさえ切り崩せなかったのは野党に端に魅力がなかったからである。安倍氏が生前たびたびバラエティ番組に出演したのも、プーチンが国営放送に出てくるようなプロパガンダではなく、経営難のマスコミにとってたまたま手っ取り早く数字が稼げるコンテンツとして重宝されていただけなんじゃないか。

あっけない日本

 かつて麻生太郎元首相が『とてつもない日本』という著書を書いていたが、実態はあっけない日本である。


 それは冷静に過去を振り返れば腑に落ちることでもある。民主党政権化、下野して権力を失った自民党は一気に存在感を失っていた。岸田首相の著書『岸田ビジョン』にもそういう描写があったように、党本部を詣でる業界関係者とかも消えた。そら時の政権とつながって利権が欲しいだけの集団なら民主党にすり寄る側にあっけなく転じただろう。大物政治家もボロボロ落選し、安倍氏さえただの一人の国会議員となった。


 利権政党の自民党にとって「権力を持っている」ことのみが存在意義だ。それが失われて保守派がみんな弱体化してバラバラになった時、たまたま保守を糾合するちょうどいい御輿として担がれたのが安倍氏であり、「安倍救国内閣樹立を!」と右派が盛り上がったわけである。私は民主党政権化の政界をよく観察していたが、当時の自民党はネトウヨと何も変わらない主張をしていたし、自民党本部にヘイトスピーチデモでおなじみの活動家が集まって政治家らが握手を交わす悪夢みたいな動画もあった。それは根っから右翼思想を持った集団のファシズムというよりは、たまたま相手にしてくれるのがネトウヨくらいだったので利用していただけだったんじゃないか。


 左派(特に反差別界隈)などはその当時の自民党政治家とネトウヨの接点を注視し、重くとらえすぎた結果第二次安倍政権下でもはや日本はファシズムの最中であると反政府運動に燃えたのである。しかしあの時「安倍救国内」に燃えていたのは右派の中でもSNSでだけやたらうるさくてトンデモ系のネトウヨばかりで、左で置き換えれば「山本太郎を総理大臣に」と叫ぶ人たちみたいなものだった。そんなトンデモであっても権力が奪還できるあっけなさに気づける左派は私を含めてほとんどいなかったのである。


 ということは、あれほど圧勝した民主党が消えてなくなったように、自民党が自動的に瓦解して山本太郎が本当に首相になることだって現実にあるということだ。90年代の細川政権みたいに、野党が大量に連立すれば、れいわ新選組が党勢を拡大できずとも山本政権は可能である。

あっけなさでぶっ壊れる西側世界


 そしてこのあっけなさは、実は先進国共通の課題といえるかもしれない。イギリスではロンドン市長だったボリス・ジョンソンが首相に就任。ボリス氏といえば子ども相手に本気のタックルをお見舞いするなどたびたびパフォーマンスがネタにされる河村たかし名古屋市長の英国版ような人だった。それが首相になったら案の定ロックダウン中のパーティ問題で退陣。あとを継いだトラス前首相も経済政策をしくじって1か月ちょいの超短命政権だった。

 かつて世界の7つの海を支配したイギリスほどの大国が、こんなみっともない政権だらけなのだから笑えないのである。なんとあっけないことだろうか。退陣してタガが外れたトラス氏は陰謀論ワードを連発しまくるなどやりたい放題で、ヨーロッパで1,2を争う中心国のトップがこんな人だったのかと日本人の私たちさえ心配してしまうほどだ。

 そうやって考えれば、アメリカの大統領だって実にあっけない。ハリウッド映画に出てくるアメリカ大統領といえば、世界一の国を率いるにふさわしい立派なリーダーばかり描かれてきたが、今や現職大統領はボケボケ発言だらけのお爺ちゃんで、その対抗馬が「トランプ再登板」なのだから情けない限りだ。トランプ支持者は陰謀論者だらけだが、トンデモ・タレント社長が2回も大統領になれちゃうような国の国家運営に壮大な陰謀なんていったいあるだろうか。案外あっけないものである。

 日本は超高齢化に始まりバブル崩壊後の経済低迷など、先進諸国共通課題のトップランナーの国であるが、「あっけなさ」もまた先陣を切っているだけで、どこもダメダメなのである。



 




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