なぜ日本は「最古の国」ではないのか

 こんなニュースがあった。日本国を「現存する世界最古の国家」と書いた教科書の記述が文部科学省の検定でハネられてしまったそうだ。ということは日本政府としてはこの認識を肯定していないということになる。


 それでもSNS上には日本を「世界最古の国」と断言して「日本スゴイ」と自画自賛する風潮がある。TikToKなどを通じてネトウヨ以外のごく一般的な若い世代にも浸透しつつある。しかしそれらは全くの間違いであることを認識するべきである。日本世界最古の国論は、かつてネタ感覚で主張するうちに、教育現場や公的機関にまで広まってしまった「江戸しぐさ」みたいなものでしかない。

謎年表やギネス記録は正しいのか

 ネット上でこの主張があるたびに必ず貼られる画像がある。それがこちらの世界史対照年表だ。教科書会社によって年表はまちまちのはずだが、なぜか全く同じ年表の画像がコピペして延々と使いまわされている。ということは、特定の教科書にしか採用されていないということだ。


 筆者はこの「謎年表」をネット上でしか見たことがない。自分自身、学生の頃に使った世界史年表では「日本」などというざっくりした記述ではなく、日本の項も鎌倉とか江戸とか時代区分で表記されていたものであった。時代によってその地の国の形が違うのは日本も他国と一緒である。


 そして先ほどのX(旧Twitter)の引用元にもあるように、この年表は北海道(蝦夷地)のことを考慮していない。琉球王国の存在も無視しているので、このような雑な表記は適切ではないと言える。


 百歩譲ってこの謎年表が広く一般的なものだったとしても、世界史の教科書が教えるのはあくまで世界各国の歴史的変遷である。日本のことはもちろん日本史で詳しく扱うのだから、専門外だ。なので便宜上「日本」という表記にしていると見た方がいいだろう。

 またもう1つ、界隈が日本が世界最古の国だとする論拠が「ギネス記録に認定されている」というデマがあるが、これもとっくに間違いが指摘されている。実際には「世界最古の王家」としての項に天皇家が存在しているだけであり、国家の歴史の長さを扱ったギネス記録はそもそもそんざいしないのである。冒頭の新聞記事で扱われた教科書が「現存する世界最古の王家」と記述を差し替えた理由もこのためだろう。


 ちなみにギネスワールドレコーズはそもそもノーベル賞でもオリンピックでもなく、ビール屋が作った「世界一」を紹介する本でしかない。タイヤ屋が反則で作り始めた格付け本のミシュランガイドみたいなものである。いや実際にはギネス記録の中にはミスター・ポテトヘッドを組み立てる最速タイムとか1分間で最も多くの石鹸を積み上げる記録とか、くだらない題材だらけだから、ミシュランガイドの方がまだマシかもしれない。


 仮にもし1万歩譲ってギネス認定だったとしても、いずれにせよ国連や世界的な学術権威が公的に認めることではないわけだから、飲み屋で酒のツマミにするようなヨタ話レベルの域を超えることはないのだ。

日本国は1952年にできた新しい国

 ではいったい日本国はいつから始まるのか。そもそも日本国とは、先の世界大戦で大日本帝国がアメリカに打倒されて、GHQによる統治を経て新憲法とともに作られた国である。であればサンフランシスコ条約で国際法上の戦争が終結し、国家主権が認められた時点が今の日本国の起点であるが、それは1952年のことだ。


 よくネトウヨが中国をさして「4000年の歴史というが、実際には80年もないじゃないか」と嘲笑うが、中華人民共和国が建国したのは1949年だから、日本国はそれよりも新しい。ちなみに中国で古代文明が築かれていた古代、日本人は極めて未開な原始的な暮らしをしていたことは、学生時代に歴史の授業を履修していれば誰もが知ることである。

(Wiki)

 そして大日本帝国は、明治維新という武士が起こしたクーデターによって江戸幕府から新政府に主権移譲されて成立した近代国家である。ソ連がロシアになったようなものだ。江戸時代であれば政権は江戸幕府であり、その前は室町、そして鎌倉幕府までさかのぼる。


 国とは政体である。日本の政体はこのようにいくつも変わっているのだから、日本は最古の国ではないのである。政体が変わろうがその土地の存在は一貫しているから「日本の歴史は何千年もある」というならまだわかるが、だったら「中国4000年の歴史」も否定できないし、アフリカだろうがヨーロッパ諸国だろうがそれは同じだ。全人類の起源はアフリカで、地球上には等しく今に至る歴史があるのだ。

天皇家が古いから日本国は古いという誤り

 とくにネトウヨには天皇家が世界最古だから日本は古い国だという謎の考えがあるのだが、これも大きな間違いである。


 ヨーロッパでもっとも古い王族であるデンマークは1000年以上続いているが、国としてのデンマークは絶対君主制を廃止した1849年に事実上の建国記念日を制定しており、200年も存在していない。いずれにせよ日本国よりは長いのだが。


 ちなみに日本において絶対君主制の歴史はない。江戸時代の政治的実権は徳川幕府にあったし、先の大戦で「天皇のために死ね」と多くの国民が犠牲になった大日本帝国時代も形式上天皇を利用したのは軍部だった。「日本は天皇国家だ」という認識は右翼と左翼にしか通用しない。左翼はそれゆえに天皇制廃止を訴え、右翼は日本を世界最古の国だと勘違いしているのである。


 また、イギリスつまり「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」が成立したのはアイルランドが独立した1927年のことである。それ以前にも英国王室の歴史は何百年とずっとあり、国家としての歴史と王家の歴史は一致しないものである。

(Wiki)

 ちなみに筆者はカナダに住んだことがあるが、イギリスのチャールズ王はカナダの元首も兼ねている。チャールズ王はイギリス人なのだろうか?イギリス人はカナダにパスポートなしで入国できるのだろうか?そんなことはないのである。


 日本には天皇家が存在するから日本国が成り立っていて、天皇家が古いから日本が古いのだと間違って考える人は、そういう事実認識さえないのだからあきれてしまう。そして最大の謎はそもそも神武天皇が実在していたのかということだ。古来の記録になるほど信ぴょう性は薄れてしまい、本当に世界最古なのかとも疑問が浮かんでしまう。


 かくいう筆者は両親ともに家系図をみるに由緒正しい清和源氏の家系のようだが、そんな家系図は日本人には非常にありふれている。まして2700年も正確にさかのぼることなどできるのだろうか。

重要なのは歴史の優劣ではなく国家レベル

 日本が最古の国であると思い込みたい人は、歴史が浅い国だったら恥ずかしいという謎のコンプレックスを抱えているといえよう。だから、古来から江戸時代までひたすら我々が見習い続けた国である中国をやたらに敵視し、「中国4000年の歴史」に噛みつきたがるのである。


 その発想こそ愚かではないかと私は考える。過去は過去、現在は現在である。これを言うと今度は左翼に怒られそうだが、現在の中国は、人口が多くてGDPで日本を凌駕しただけの民主主義も高度な福祉もないただのアジアの発展途上国で、G7の先進国として長年君臨している日本国の方が立派な国家と言える。


 また経済の面で言えば、2007年に一人当たりGDPで日本を抜いたシンガポールいまや世界5位に浮上し、まぎれもなくアジア首位の経済大国だ。その建国は1965年と極めて新しい国である。新しいからこそ、過去のしがらみを持たずに国際経済ハブとして急成長を遂げたのである。


 これは国内の都市にも言える。市としては日本で最も人口が多い400万都市の横浜は、幕末に開港するまで寒村だったが、何もなかったゆえに欧米先進国の高度な文化の流入拠点として急成長を遂げ、日産の世界本社もある国際都市に発展している。明治時代なら神戸に次ぐ6位で、その次は金沢だった。今となっては神戸と横浜なら横浜の方がはるかに栄えているし、金沢はただの地方都市でしかない。


 私はこのような過去の歴史を拠り所にする発想は無意味で無価値だと考える。重要なことは現状であり、そして将来だ。





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