名古屋が嫌われる理由
(Wiki)
以前、インターネット上で愛知県庁(画像)が「日本で最もダサイ庁舎」として話題になっていた。戦前昭和に建てられた歴史ある構造物だが、西洋風の近代ビルに名古屋城の天守を模した屋根を乗っけたさまがナンセンスだというのだ。
これは帝冠様式と呼ばれる当時の建築様式で、名古屋市役所のほか全国各地にもみられるものだ。しかしここまで和洋アベコベっぷりが露骨なのは愛知県庁のほかにはにないだろう。そしてこの構造物の奇妙な見てくれにこそ「名古屋文明」が顕著に現れていると私は考える。
国内第三都市である名古屋。しかし名古屋にいい印象を持つ人はほとんどいない。観光地としても不人気であるし、名古屋支社に左遷されたら涙する人もいる。なぜここまで嫌われるのか。それは以下のような理由があるからではないか。
名古屋式の排他的権威主義
1つには権威主義だ。さきの県庁舎の外観からは、なんとなく建築当時の軍国主義の前夜の匂いが漂うほか、近現代になってもお城なんかをありがたがってお武家様の時代を引きずっている感じがするのも否めない。ちなみに愛知の人気の深夜ローカル番組のタイトルも「ノブナガ」だった。
筆者は神奈川県民だが、横浜は歴史的にはただの寒村だったので、お城の類はなかった。首都の東京は江戸を改めた街であり、明治維新の時点で封建時代と決別している。その代わり、現代文化を常に追い求めてきて発展したものだ。東京最大の繁華街の渋谷は戦前にはド田舎扱いだったのだ。
しかし名古屋の場合、名古屋城の城下に形成された街の構図が、明治以降もそのまま引き継がれている。城の周りに県庁や市役所が構えて権力中枢が居座り続け、その下ったあたりに栄という繁華街がある。名古屋人はこの街の構造の下権力構造から逃れられない。
名古屋には中華思想のようなものがある。中枢に近いほどよしとされ周縁になるほど地位が下がるのである。名古屋駅も、名古屋城側の東口はそれなりに開けているが、西口は大都市と思えないほどほとんど何もない。さらに名古屋市内と市外、愛知県内と県外でも序列構造があり、岐阜から名古屋に通う人は土着の名古屋っ子バカにされるという。県は違えど快速電車でわずか20分程度なのにである。
さらに自動車ならトヨタ、鉄道ならJR東海のように絶大な影響を持つ企業が多い。JR東海は「葛西帝国」と呼ばれ、葛西元名誉会長の個人的な意向が他のJR各社にはない独自路線をもたらしていたとされる。河村たかし市長のやりたい放題っぷりといい「ワンマン」が跋扈しがちなのも、権威主義に他ならないだろう。
異文化を受け入れず、自文化の色に染める
例えば洋楽の有名アーティストが全国ドームツアーをするときに東京や大阪・札幌などは行っても名古屋公演を開かない「名古屋飛ばし」という現象はあまりに有名だ。洋楽の消費者は人口が多く外向きな人が多い都会ほどたくさんいるものだが、名古屋ではそんなものはそもそも求められないのではないか。
もう10年くらい前になるが、当時のTwitterでこんなことがあった。名古屋駅にジャニーズ事務所の何かのグループのメンバーが降り立ったところ、通りすがりの名古屋女子が写真をアップして騒動になったという。いっぽいほぼ同じ時期に鈴鹿サーキットのF1開催のために欧米の有名レーサーたちが同じ名古屋駅に来たところ「なんだかよくわからないけどガイジンがいてみんな写真撮ってた」という風な写真付きのツイートがあふれかえった。日本の閉鎖的な市場で成り立つJ-POPであればトップレベルでなくても関心があるが、外国の有名人はたとえ世界的な知名度のある人でも無名扱いなのである。
食にも同じことが言える。世界一の朝食と話題になったビルズは神奈川の1号店以下、東京、大阪、福岡に店舗があるが名古屋は存在しない。ウルフギャングステーキも東京・大阪・福岡にあって名古屋にはない。名古屋は本場色の強い外食チェーンは一切流行らないのである。その代わり、朝食ならば「小倉トーストのモーニング」のように西洋料理を名古屋土着文化式に改変したものならば支持される。抹茶小倉スパゲティのような、西洋人はもちろん日本人から見てもギョッとする見た目の名古屋メシも盛んである。
名古屋では本場感のあるデートスポットは流行らない。本場アメリカからやってきたボストン美術館の分館があったもののすぐに閉じてしまった。テーマパークならイタリア村というものもあったがあっけなく終わったし、レゴランドは案の定出来てから叩かれまくっている。一方でリトルワールドという世界中の町並みを再現したテーマパークは長続きしている。各エリアごとにB級グルメを食べられるという名古屋的センスが売りのためだ。
ちなみによその文化の独自化という点で言えば、さんざん岐阜などを馬鹿にしながら、岐阜発祥の味噌カツや三重発祥の天むすのように近隣県のグルメをいいものは勝手に名古屋メシ扱いしたがるような自己中っぷりも名古屋の特徴である。方や、もし名古屋人のお眼鏡にかなわなければ近隣のものであっても受け入れず上から目線でバカにされるもんだから、名古屋人の印象は東海地域でもそんなによくはない。
安っぽいが見栄を張りたがる
JR東海の経営方針、葛西天皇の信条も去ることながら、トヨタやイオン、中日ドラゴンズ、河村たかしなど名古屋資本に通ずる企業文化を感じる(利益は付加価値の創出ではなくコスト削減で出す、お客様は神様で自分たちはそれに仕える神官だから下請けや納入業者はいくら叩いても良い、等々)
— なか右 (@Naka_uuu) March 25, 2024
名古屋資本の企業文化についてこんな指摘があった。徹底的なコストカットで利益を出すというやり方が名古屋流だという。これは経営者のマインドに限らず、名古屋そのものではないかと私は思う。
初めて名古屋に行ったとき栄の一等地に「しまむら」があったことには驚いた。今では閉店したようだが、東京で言う銀座のような場所にしまむらはないと思う。しかし、異文化否定の項で触れたように場の雰囲気よりコスパが優先なのである。本場式のオシャレな食事よりも見た目がみっともなかろうが食べなれた味覚でカロリーがとれる名古屋メシが支持されるように、安くてよく着れるものが手に入ればいいということである。ケチは名古屋人の特徴だ。
しかし大阪人のようにドケチを極めているわけではなく、「ええかっこしい」なのが名古屋人なのである。名古屋嬢という言葉があるように、過剰におしゃれぶってマウントを取りたがるので、ケバケバしくなりがちだ。そのアンバランスな感性から地金が丸見えなことも、名古屋人が嫌われる理由である。ハイソなふりをしたければ内実が伴わなければいけないし、ケチならケチでストイックさを極めればいいのに、名古屋人はその逆なのだ。
ちなみに筆者は名古屋初訪問時に、現地で出版されている女性ファッション雑誌をネタで購入したのだが、ストリートスナップのコーナーが名駅、栄、イオンモール岡崎で驚いた。この手のスナップはオシャレな街をオシャレな人が歩くことに意味があるのであって、ただの生活の買い物の場のジャスコでしかないイオンモールはスナップにふさわしい場ではない。だが名古屋人からすれば街は服屋があって服が買えればいいのであって、買ったものを見せびらかせればいいのである。雰囲気や情緒というものを気にしない民族性の持ち主であることはもうさんざん触れたとおりだ。
旧河合塾といい名古屋の文化なのかな? https://t.co/pCozG1MBIM pic.twitter.com/rORMK13yfZ
— らがさん@24宅建 (@ragaraguby) January 20, 2023
街並みにも同じことが言え、名古屋はハリボテビルが多く建てられがちだ。筆者は名古屋に初めて行ったとき、名駅周辺の新宿みたいな最新の高層ビル群の多さに「名古屋もイメージの割には立派な街なんだな」と思ったが、駅と並行する大通りを少し歩いたら急に街が終わって何もなくなったことには驚いた。まるで映画セットのような、街そのものがハリボテなのである。
バランスのある街の場合、札幌みたいに高層ビルは少なくとも、中程度の構造物がそれなりにずっと続いていたりするものだが、表面をよく見られるためなら、他がみっともなくても構わないという名古屋センスなのである。
このように名古屋のナンセンスっぷりはあらゆる面にもいえるが、すべてがあの構造物に尽きる。あれをおかしいと思える人が名古屋を嫌い、そう思わない人が名古屋に生まれ育って死ぬのである。