なぜ盛岡市民は岩手山「侮辱」に怒りながらマンションを建て続けるのか

 

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 タカラレーベンが盛岡に建設中のマンション広告に、地元のシンボルの岩手山ではなく青森県の「岩木山」のイメージを掲載していた問題が大炎上となっている。両地域は歴史的に南部と津軽の藩の違いからライバル関係にあり、例えるなら東京スカイツリーと通天閣を取り違えるくらいありえないものだ。


 東京からすれば「北東北の雪国にある名前も雰囲気も似た山」と言う雑な認識になってしまうのだろう。だが地方の人たちにとって山は特別な存在である。山岳信仰の流れは現代にも脈々と受け継がれており、代々大切にしていた民族アイデンティティーを侮蔑されたようなものだ。筆者は両親が東北出身なのでよくわかるのだが、寡黙で争いを好まない東北人がここまで怒るというのは、そうした背景もある。

 盛岡では市内名所の「赤レンガ館」を筆頭に歴史的建造物が多く残っている。それらは戦後高度成長期の乱開発を危惧した市職員が尽力したことで守られたものであり、そのきっかけも岩手公園から岩手山が見えなくなったことだったという。こうした取り組みが奏功してか盛岡はアメリカの高級紙ニューヨークタイムズによる世界の「2023年に行くべき52カ所」に選定され、外国人観光客でにぎわっている。


 しかし近年は、その岩手山を望むまちなみを害するようなマンション建設が相次いでいるのも事実だ。盛岡では赤レンガ館のすぐそばでも別のマンションが作られるなど物議になっている。タカラが作っているマンションも元々は歴史ある酒蔵の建物だったほか、2013年には市の保護庭園に指定されていた老舗料亭がマンションになるなど、歴史や自然と調和した風情をぶち壊すような乱開発が起きている。東京・国立では完成寸前のマンションを「富士山が見えなくなる」と言う住民の反対を受けて取り壊すことになったばかりが、盛岡で主だった反対闘争が行われているようには見えない。


 筆者自身も、2010年頃に東北新幹線に乗った際に盛岡駅到着前の車窓からあまりにも多くのマンションを見かけ「盛岡ってこんなに建て込んでいたっけ?」と思ったものである。岩手山を侮蔑するなと言ながら、街並み・文化を蔑ろにしてでもマンション建設を歓迎しているのはほかならぬ盛岡市民自身という現実もあるのだ。

盛岡人がマンションを歓迎する理由が「合理性」

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 すべては合理性である。盛岡は長年東北新幹線の終着駅で、青森や秋田と言ったその先を目指す際の拠点だった。そのことから内外からの集積拠点となり、北東北各地や他地方から転勤した人たちが住むマンション需要が高まっている。


 一方で、もともと住んでいる盛岡市民にとっても合理的理由がある。それは積雪寒冷地にあって雪かきが必要ないというメリットだ。そのため、高齢化して体力の問題もある団塊世代などが、子どもが巣立って持て余した庭付き一戸建ての自宅を手放して得たお金で中心街のマンションにダウンサイジングするという流れも起きている。便利な中心街エリアで冬場もなるべく移動範囲を短く生活を済ますことができ、何かあったら親族がすぐに新幹線で駆け付けられる。


 このような現代合理性と文化は矛盾してしまう。我々首都圏の人間が地方を観光して素晴らしいと思う風景は、すべて非合理であるのも事実だ。農村風景でも昔話にあるような茅葺屋根はその吹替に相当苦労をするしお金もかかるので、みんなトタン屋根になった。都会の人間が新築に和室を作りたがらないのも、畳の部屋は維持管理が面倒な割に持て余してしまうからだ。


 盛岡は(そしておそらく多くの東北の県庁所在地クラスの地方都市は)平成の30年間くらいずっと「目先的な合理化」を追い求めてきた。寒くて古くて修繕費もかかるローカル線の木造駅舎を首都圏と同じような新築にしたり、ファスト風土化と呼ばれるロードサイド店舗だらけになったが、何でも合理化の行きついた先が、岩手山を蔑ろにしてもかまわないマンション群と言うのも事実である。


 世界で唯一その土地にしかない歴史ある酒蔵・料亭の景観と違って、マンションは全国どこにでもあるし、東京にあろうが那覇にあろうが見た目は変わらない。中で快適に住めればいいのであって、目の前の景色もオフィスビル街だろうが、山だろうが駅だろうが公害が発生しない限りは関係ないのである。合理性を極めれば、岩手山も岩木山もただの山であることに変わらない。そこで怒りを表すということは、自己矛盾であるというのも事実なのだ。

目先の合理化こそ最大の非合理

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 赤レンガ館を壊そうとした感覚も同じだ。ただの銀行としてやっていくには狭くて老朽化した建物は非合理だった。しかしこれを更地にし、跡地をただのマンションにでもしていれば、ここを日々歩きまわる地元の人は固有の景観として認識せず街に地元愛も持てなかっただろうし、この場所に観光客は来ず、ニューヨークタイムズにも無視され、インバウンド特需の恩恵も受けられなかっただろう。東北には大した観光資源もなく地元民も「この街は終わっている」と冷笑しているような寂れ切って死にかけた地方都市はいくらでもある。


 もっと合理化を極めればたかだか20万都市に住んだところで不便なので、仙台に引っ越せばいいという風になる。仙台以外に都市は必要ないのだから、半端にくたびれた街を残すなら更地にして大規模農場か、原発か、自衛隊の基地にでもしたいいとなる。そこまでくると盛岡は存在そのものが完全に否定されてしまう。究極を言えば東京首都圏以外みんな必要ないので、シンガポールみたいな都市国家にしてあとの国土は中国やロシアに切り売りしろと言うことになるが、そこまで来ると日本国は日本国でなくなってしまうものだ。


 今回の一件は、平成以降地元の人が求め続けた「地域文化やアイデンティティーをぶち壊す勢いの乱開発」が、こえちゃいけない一線を越えたことで歯止めがかかるきっかけになるものだと期待できそうだ。


 




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