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常磐線を取手で切って東海道線と一体化すれば通勤ラッシュは楽になる

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  (Wiki)  長年東京駅発だった東海道線と上野駅から北に走る中電とを直通させた「上野東京ライン」の運転開始から今年で10年になる。その上野東京ラインのうち東北本線・高崎線の列車は東海道線と一体的な運用がなされているが、常磐線系統のみがすべて品川止まりとなっている。  直通開始当初、この品川行きの存在が筆者ら東海道線沿線住民には大変不評だった。帰宅ラッシュの混雑時に都心から地元に帰る際に、これまでなら待てば必ず座れた東京駅始発がなくなったうえ、ガラガラの品川行きが目の前に滑り込んでくるのだから、不愉快な気分にさせられてしまうのは当然のことである。  なぜ常磐線だけが半端な直通運転なのか。それは 東海道線などが直流電化なのに対し常磐線が取手駅を境に交流電化になるため、交直両用の車両が用いられているため だと言われている。たとえば沿線でダイヤ乱れが起きた際に、常磐線の交直両用車両が東海道線内にとどまった場合、茨城方面両が足りなくなってしまうので、なるべく車両を遠くにもっていきたくないわけである。  だったら上野東京ラインの全列車を交直両用車両にすればよさそうだが、通常より高額なのでJRにとってもそこまで投資する経済的メリットもない。おそらくこのままほっておけば、この「常磐線だけ品川止まり」の半端な状態が永遠に続きそうだが、私は解決策として 常磐線の中電の取手での系統分離を伴う東海道線との一体化 をするべきだと考える。 取手で路線を切ってしまえば交流問題はなくなる (Wiki)  最大の理由が常磐線の通勤ベッドタウンの限界が取手であるからだ。取手は電化区間の切り替わりであるだけでなく、各駅停車と快速線(電の複々線区間の終わりでもある。取手から都心までは1時間圏で、地下鉄に直通する列車もあるので、ここまでの沿線はベッドタウンとして住宅地が続いている。  一方、取手を越えると車窓は住宅よりも農地が目立ち、関東平野の広大な田園風景が広がるようになる。となりの竜ケ崎市やその先の牛久市は人口が10万台にも到達しておらず、その先に交直両用車両の主な終着駅である土浦があるが、東京~土浦間は普通で1時間20分前後、特別快速でも1時間を切ることはない。  中電のベッドタウンには「1時間の壁」がある。筆者の住まう東海道線の沿線の場合、車窓に切れ目なく住宅密集地が続くのも、通勤ラッ...

与野党イデオロギー闘争の終焉

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   自民党の新総裁、つまり次期首相に石破茂氏が当選した。その少し前には立憲民主党の新代表に野田佳彦元首相が当選。与野党第一党の党首選が同時期に行われる異例の事態だったが、選出されたトップの顔ぶれも予想外のものだった。  自民党は、民主党政権下で下野して以来15年近く「反左翼」路線を鮮明にしていた。その先頭に立っていたのが暗殺された安倍晋三元首相で、石破氏は安倍一強時代に有力議員でただひとり流れに逆らって安倍氏を批判し、自身の派閥を失うほど冷遇されていた御人だった。  立憲民主党にしても、枝野幸男氏が党を旗揚げして以来のリベラル勢力と、後から合流した野田氏には隔たりがある。実際SNSでは左翼の間での野田叩きが吹き荒れ続けていて「立憲はもう終わった」という声もあるほどだ。ちなみにこの手のリベラルは2018年の自民党総裁選では安倍支配に立ち向かう石破氏を応援していたし、ネトウヨは石破叩きに燃え続けている。  民主党政権から自民党・第二次安倍政権にかけて、与野党第一党はともに思想の左右できっぱり分かれていた。自民党の所属議員はネトウヨ同然の過激な主張を平然とするようになり、立憲民主党は旧民主党以来距離のあった共産党も巻き込んだ民共共闘路線をとってネットのリベラルの熱い支持を受けた。  そうした構造は、今回の2つの党首選によって終止符を打たれたのである。冒頭引用した初の党首討論でも、互いが罵り合ったり会話がすれ違うことなく、フェアプレイな議論が成り立っている様子が印象的であった。「安倍VS枝野」ではこんな光景はありえなかっただろう。夫婦別姓に積極的な石破氏は右翼ではないし、原発容認路線を掲げる野田氏も左翼ではない。党首がそれぞれ中道保守・中道リベラルになったことで、国会で質の高い議論が行われることが期待できる。 国民と距離が広がる「思想の強い人たち」  民主党政権や安倍政権では、下野によってこれらの党を思想の強い人たちが支えていた。2012年の民主党政権末期に「安倍救国内閣」を訴えたのはチャンネル桜などの保守系のデモ隊で、総裁選さなかの自民党本部には大量の右派系市民グループの日の丸デモが集まった。安倍が権力を持つと、今度は「枝野立て」の掛け声もと反安倍リベラルの支えのもと立憲民主党が旗揚げされた。  こうした路上の活動家とSNS上の膨大な政治的なアカウントが連動した...

「コスパ政治家」にまちづくりは不可能

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  (Wiki)  市営バスがなぜ存在するのかを考えたことはあるだろうか。神奈中のような民間のバス会社があるなら、市で路線バスを運営する必要はないのではないかと言えば、確かにその通りに思えるかもしれない。  だがその目的は市民の足の確保である。最寄りに鉄道駅もなく、丘陵を開いた住宅地などで、クルマがなければ生活が成り立たない場所を網羅するように市バスは走っている。民間企業は金もうけがすべてなので「儲かる地域」にしか路線を設けないが、儲からないがバスが必要不可欠な場所に市営バスを走らせる必要があるのだ。  しかし最近は、こうした本来の存在意義を無視した危うい地方政治が横行している。やれ行政改革だと、「コスパの悪い事業」を切り捨て、赤字額を減らしたことを実績扱いして自画自賛する。そういう危なっかしい人が市長や知事になった地域は、10年、20年というふうな長い目で見ると膨大な財産を失い、まちを住みづらくしている。住民は出て行って人口は減り、最終的には滅びの道を歩むことになる。多くの場合、その頃には当時の首長はとっくに政界を引退しており責任を取ることもない。  目先の利益のコスパ発想は、全国チェーン店の経営者のような安直な商売をやっている企業経営者にはいいのかもしれないが、行政にとっては最悪の発想で、最終的にはまちを滅ぼして財政破綻となり、経済合理性にもならないのである。だが、そうした政治家がポピュリズムで跋扈するのは、長い目を見て作られた仕組みの必要意義やそれを失うことによる損失を想像できない短絡的な有権者が多いからでもある。  我々有権者が、学習する必要もあるのだ。 敬老パスはなぜ必要なのか  最近この手のコスパ政治家が潰したがるのが「敬老パス」だ。これは高齢者が市バス・市営地下鉄に安価で乗れるものだが、超高齢社会によるシニア人口の増加で「財政を圧迫している」と批判され、シルバーデモクラシーの典型だと世代間対立のダシによく用いられている。  だが自治体が敬老パスを実施しているのは、老人をえこひいきするためではない。年を取ると外に出るのがおっくうになり、そのまま寝たきりが増えてしまう。敬老パスはそうした高齢者の積極的な外出を促し、健康寿命を延ばすために貢献している。元気な老人が増えることで家族の介護負担も減り、現役世代にも恩恵がある。長い目で見れば社会運営コストの...

人口が多ければ都市は繁栄するのか

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  (Wiki)  大都市にとって人口が多いことはあまり重要ではない。当然のこととして、人が少ない過疎地ほど寂れている。しかし一定の人口規模があった場合はむやみに増やしてもメリットは少ないと言える。  たとえば東京都区部の人口は今では1000万人近いが、約20年前の1995年には800万人を割り込んでいた。では90年代の東京がシャッター商店街だったかというとそんなことはない。当時は渋谷が「若者の流行の発信地」と呼ばれ、バブル崩壊後とはいえまだ東京にアジア一の大都会の輝きがあった時代だ。  ちなみにアジアの国際金融都市といえば今ではシンガポールに切り替わっているが、シンガポールの総人口は500万台程度と東京の半分レベルでしかない。海外の主要都市の人口は意外と少ない。世界一の大都会のニューヨーク市すらも880万人だし、パリなんて200万都市である。  つまり「都市格」を示すには一定レベルの人口が必要だが、それ以上になると数百万人いようがいまいが誤差の範囲で、重要なのはいかに「質」を高めるかである。無駄に人が多いだけでは、通勤ラッシュや家不足のような過密の弊害ばかり発生し、かえってマイナスである。 首都圏郊外の理想は20万人  以前も触れたように 横浜市は人口が減少傾向 にある。市としては人口日本一の巨大都市ゆえに公共サービスの質が低いのだ。その先の藤沢市、茅ケ崎市など都心から遠い自治体の方が人口は増えていてQOLが高い。  辺鄙な田舎は不便だが、過密地帯であれば窮屈なマンションにしか住めない。首都圏において理想的な人口規模は私は20万台だと考える。さきに触れた茅ケ崎市は人気エリアの湘南海岸が目の前でレクリエーション環境で人口25万人だ。千葉県流山市は子育て支援の分厚さからファミリーに人気で、人口21万人である。埼玉県ならば流山からも近い草加市が人気で人口も25万と茅ケ崎市程度である。  人口が10万台程度だと、首都圏だろうと自前の警察署がなかったり、大型スーパーも進出して来ず、公共機関や買い物環境で近隣自治体に依存するようになる。しかし20万もあると不便のないくらいには揃っており、ゴミゴミするわけでもない。あるべく繁栄を実現するには、このくらいの規模がちょうどよいと言えるのだ。 (Wiki) 人口減少時代の日本に必要なのは「適正化」  日本国の総人口は2008年...

東京の格差は西ではなく東にあり

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  (Wiki)  東京都知事選挙の真っ最中だ。現職の小池百合子都知事は多摩格差ゼロを公約に掲げ、歴代都政が放置していた多摩都市モノレールの延伸計画を具体化させた。また、対抗馬の蓮舫氏も多摩重視で、中央線沿線を中心に選挙活動を展開し、多摩地区の給食無償化や羽田空港アクセス鉄道の推進を掲げている。  多摩格差とは、都心中枢機能があって財政が豊かな東京23区と、戦後に農村からベッドタウンに切り替わった内陸部の格差のことである。たとえば基礎自治体の財政力もオフィス街が広がり法人税収のある特別区ほど優位で、多摩の市は貧乏だとされている。イデオロギーも真っ向対立する小池・蓮舫氏だが、多摩重視の姿勢は一致している。  しかしこれは 平成時代以前の古い発想 だと私は考える。戦後高度成長期以降の東京は、首都一極集中で都区部に集まった人たちが、多摩のニュータウンに引っ越して多摩が発展した。しかし近年の東京では多摩方面は低迷し、自治体によっては減少傾向にある。東京都自体の人口は著しく増加しているが、都区部の下町エリアが伸びている。  たとえば葛飾区は45万人、江東区は52万人、足立区や江戸川区にいたっては70万人近くと荒川沿線の区は政令指定都市並みの人口規模がある。下町で、「寅さん」の時代を引きずった昔ながらの町並みに古い共同体があるイメージの割には目覚ましい人口増加がある。さらには都県境を隔てた埼玉県川口市は60万人、千葉県市川市や松戸市が50万で、その先の船橋市は64万人だ。  しかし人口が多いから豊かな場所だということではない。 東京都の基礎自治体の財政力ランキング で1位は武蔵野市。2位は都心の港区だが、3位府中市以下13位まで多摩の市町が続く。14位は渋谷区、20位は千代田区でそれ以外はすべて多摩と言うふうに、23区の「いいとこの区」よりも上位に多摩が食い込んでいる。一方葛飾区は50位と離島部並みだ。  自治体が弱いのは、住民の所得が低いからである。住民平均所得をみると 武蔵野市民は540万だが、足立区は347万と離島自治体に近い 。離島がハンデを抱えているのは言うまでもないが、都心と地続きで人口が多い都区部が貧しいというのは社会的な要因がある。  これらは平成以降の格差社会の結果である。かつて多摩のベッドタウンが開けたのは、高価な都心に住めない団塊世代が充実したマイ...

「ただの中国の地方都市」になった香港から日本が反面教師とすべきこと

5年ぶりに香港来たら何もかも変わってて絶望してる。 これ、同じ場所なんだぜ…… pic.twitter.com/hhTSJ5JsEY — 水兵 (@mdvdt_f) June 18, 2024  香港の町並みが味気なくなったと話題だ。名物のネオン看板だらけのカオスの路地が、たった5年で看板が消滅し激変してしまったのだ。それだけでなく人通りや店自体もスカスカになっており、GUやサークルKなどチェーン店が目に飛び込んでくる。ただの「東京モドキ」のような様相だ。  調べるとこのような看板は戦後イギリス統治下で急成長を遂げた中で急増したという。違法設置物ではあったが、自由な創意工夫性に富んでおり、全盛期の香港繁栄の証だった。違法は違法であるし、老朽化の問題もあったので2010年に規制が入った。しかし文化アイデンティティを守りたい地元の人々の反発もあって撤去は進まず、中国政府の支配強化後に一気に進んだという経緯のようだ。  風景はその土地にとって重要な構成要素である。香港は、政治的な事情もあって「安全や秩序」を優先することで香港らしい風景を消してしまったが、看板だけでなく文化も消えてしまった。世界中からの旅行者がいなくなり、地元民が利用するただのチェーン店街に変貌してしまったということである。いま香港では自由を求めて海外移住する人たちが増えているというが、たとえ自身が民主化運動に参加するなどして権力から迫害を受けるリスクがなくてもアイデンティティの喪失が、その土地に生きる意味を見失った面もあるのではないだろうか。  日本とておなじである。独自の景観があるからこそ、そこに住む人は地元を誇りにし続ける。桜島があるから鹿児島があり、東京タワーが見えることが港区民がそこに住む意味になっている。海辺に松林が広がる海岸線に湘南のアイデンティティがある。なのでスカイツリーを作ったから古い東京タワーは潰しますとはならないし、ロードサイドショップに切り替えた方が便利な店だらけで儲かっていいと国道134号線沿いの松林が伐採されることもない。そうした時点で、その場所はどこにでもある取り換え可能な土地になる。  するとそんな土地に生きている意味はなくなり、人々は「より安価で交通が便利な場所」に引っ越したり、より全国チェーンのハコが大きくて種類も多い無機質な街を目指したりするようになる。そんな場所は日...

直通列車は東京の街を殺すのか

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  (Wiki)  2015年の「上野東京ライン」開業以降、湘南在住の筆者はたびたび東海道線に乗って上野に友人に会いに行くようになった。行くたびに思うのは駅設備のちぐはぐさだ。中央改札に降りてくると、ずらりと並ぶ地平ホームはがらんとしている。頭上に立派な壁画のあるコンコースは、改札機が半分近く潰されて窓口に改築されたため、眺めがよくなくなってしまった。  全ては直通が原因である。上野東京ライン以前であれば、東北本線・高崎線・常磐線は上野駅が始発・終着で、大量の列車が地平ホームを埋め尽くしていた。昭和の新幹線開業前であれば、東北・北陸方面への特急はみんな上野始発だったので、膨大な改札口が繁盛していた。上野でせき止められ、排出される人たちがいなくなったので、改札もホームも過剰になったのである。  今上野駅前に行くと、外国人観光客に絡む商売は賑わっているが、地元の商業施設はパットしていないことに気づく。長年やっていた商業施設は閉店し、ヨドバシカメラもドラックストアも免税品のようなインバウンド需要でにぎわっている。ターミナルの街として人が集まらなくなったかわりに、アメ横を楽しみに来た外国からの旅行者で経済が回っている状態なのだ。  一方で「南の上野」のようなポジションの品川駅は賑わっている。筆者が子どもの頃は乗り換え以外に機能がなかった印象があったが、近ごろは周辺再開発も進んでいる。上野東京ラインの結果、常磐線は品川が始発駅になった。新幹線は長らく素通りしていたが2003年に品川駅ホームが誕生し、その後「のぞみ」を含めて全列車停車するようになった。通過列車も多い上野駅新幹線ホームとは対照的である。  東京一極集中と言われて久しい。しかし東京であればすべてが盛り上がっているかというと違う。実際には都内でも直通によって恩恵が生じる地域ばかりが人が増え開発が盛んになるなど突出し、素通りされる場所は没落しているのである。 渋谷がダメになった理由は東横線地下化か  よく言われているのが、かつて若者の街とされた渋谷がつまらなくなったという話だ。その原因に挙げられるのが東急東横線の地下化だ。それまで東横線の渋谷駅は上野の地上ホームのように行き止まり構造で全列車が終点となっていたが、副都心線に通じるようになってそのまま池袋、さらには埼玉まで抜けられるようになった。  この直通ホーム...